井手口陽介は嫁や子供と海外移籍先も視野に!すでに高校時代から飛びぬけていた!

サッカー
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井手口陽介選手は、Jリーグのガンバ大阪に所属し、サッカー日本代表としても活躍しています。

 

期待の若手ミッドフィールダーとして、並み居る海外組の選手たちを抑え、日本代表の中盤のスタメンを勝ち取っています。

 

2017年末に行われたロシアワールドカップ2018最終予選のオーストラリア戦では、試合を決定づける豪快なミドルシュートをたたき込むなどの大ブレイク!

 

そんな井手口陽介選手は、海外移籍も視野に入れているという噂もあるので調べてみました。

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井手口陽介は高校時代からすでに飛び抜けていた!

 

井手口陽介選手は、1996年8月23日、福岡県福岡市に生まれています。

 

2人の兄の影響から幼少期からサッカーに触れ、小学1年生のときに開催された2002年日韓W杯では、ブラジルのロナウドに憧れて何度も繰り返しプレーを見るほど熱中していたのだとか。

 

アビスパ福岡のスクールに通いながら、中央FC、ストリートSC、油山カメリアFCでフォワードとしてプレーしていました。

 

ガンバ大阪のセレクションに一発合格した中学校からは、ガンバ大阪一筋です。

 

母の進言で受験したガンバ大阪ジュニアユースセレクションでは、最終選考を待たずに満場一致で合格が決まったという井手口陽介選手。

 

どれだけずば抜けた実力を持っていたかがうかがえますね。

 

ガンバ大阪では、各カテゴリーを飛び級でプレーしながら、大阪の追手門学院高等学校2年生のときの2013年には、2種登録選手としてトップチームに登録されていました。

 

2014年4月16日のナビスコカップ鳥栖戦で、17歳7ヵ月で公式戦デビューをした井手口選手は、2016年後半からはレギュラーに定着しています。

 

 

井手口陽介の嫁や子供は?

 

井手口陽介選手は、2016年6月19日に、中学の同級生だった一般女性と入籍したことと、入籍の2日前に長女が誕生したことを発表しています。

 

嫁の名前は大野夏海さん。

 

長女の名前は愛希(ひなの)ちゃんです。

 

長女誕生の翌日に行われたアウェー鳥栖戦で、ガンバ大阪が先制した際には、チームメイトからゆりかごダンスで祝福されていました。

 

19歳での授かり婚になった井手口陽介選手ですが、そこには、がんで余命半年だった夏海さんの母のために結婚を急いだという事情もあったといわれています。

 

2015年に付き合い始めてすぎに、夏海さんの母に膵臓がんが見つかりました。

 

父もがんで失っていた夏海さんに、井手口選手はすぐにプロポーズしたようです。

 

病床の夏海さんの母に「娘さんをください」と断りを入れ、「頼むな」と託されたようです。

 

その半年後の2016年3月に、夏海さんの母は帰らぬ人になりましたが、きっと安心して旅立つことができたでしょうね。

 

見た目はヤンチャナ井手口選手ですが、男気のある優しい青年であることがわかります。

 

 

噂になっている海外移籍先とは?

 

井手口陽介選手は海外志向が強いようです。

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2017年9月には、イングランド2部のリーズ・ユナイテッドAFCが正式オファーを出したと報道がありました。

 

リーズ・ユナイテッドAFCは、イングランド1部リーグを3度もした古豪で、熱狂的なサポーターもいることが有名なクラブ。

 

また、元日本代表の藤田俊也がアジア圏補強担当者として所属しているため、可能性は十分。

 

しかし、イングランドでプレーするには、厳しい条件をクリアした選手のみ発給されるワークパーミット(労働許可証)が必要です。

 

FIFAランキングに伴う過去2年間の代表戦出場率をクリアしていれば、なかなか発給されません。

 

特例もあるのですが、FIFAランキング40位前後の日本人選手の場合、過去2年間の代表選に75%以上出場している必要がありました。

 

そのため、現在20%台の井手口陽介選手は厳しくなるのではないでしょうか。

 

しかし、イングランド以外への移籍も十分にあり得ますよね。

 

 

井手口陽介の目標はライバルに!

 

井手口陽介選手は自信の成長において、ガンバ大阪でともにプレーする元日本代表の遠藤保仁選手と今野泰幸選手の影響が大きいと語っていました。

 

豊富な運動量とテクニックを誇り「怪物」と呼ばれながら、プレーに粗さのあった井手口陽介選手は、日本を代表するレベルの選手が多く在籍するガンバ大阪では、なかなか出番がありませんでした。

 

そこで、相手が受けやすいように考えて出す遠藤保仁選手の細かいパスや、見方が苦しい時こそ運動量を増やしてセカンドボールをものにする今野泰幸選手の動きを練習中に目で追い続けて、取り入れていくようにしました。

 

そうしていくうちに、いつかその2人は、井手口陽介選手の「目標」から「ライバル」に変わっていきました。

 

井手口陽介選手の努力が実ったのは、2016年元旦に行われた浦和レッズとの第95回天皇杯決勝です。

 

サイドバックの米倉選手が負傷退場し、ボランチからサイドバックに下がった今野泰幸選手の代わりにボランチに入った井手口陽介選手は、今野泰幸選手以上の働きを見せ、ガンバ大阪の優勝に大きく貢献しました。

 

気持ちと当たりの強さ、疲弊した時間帯に井手口陽介選手は耀き、「ケンカ番長」というあだ名がつきました。

 

あだ名をつけたのは、リオオリンピック日本代表監督の手倉森監督。

 

世代最年少の19歳で井手口陽介選手はリオオリンピック日本代表に選出されました。

 

結果はグループリーグ敗退となってしまいましたが、井手口陽介選手が世界に向けてインパクトを残したことは確かですね。

 

これから世界に羽ばたこうとしている若き怪物、井手口陽介選手の今後の活躍に期待しましょう!