東口順昭が韓国人で洛南高校出身という噂は?プレースタイルを紹介!

サッカー
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ガンバ大阪の絶対的守護神として活躍している東口順昭選手。

 

しかしクラブチームでは絶対的守護神でも、日本代表では中々出場機会にマグマれておらず、モヤモヤしているサポーターも多くいるのではないでしょうか。

 

ロシアワールドカップでは低迷しているといわれている日本代表の救世主となれるか注目ですね。

 

今回は東口順昭選手のプレースタイルや噂になっていることを調べてみました。

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東口順昭の経歴

 

東口順昭選手は、1986年5月12日生まれで大阪府高槻市出身です。

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高槻市立北日吉台小学校

 

Jリーグ元年1993年、小学1年生時に周りの友達がサッカーを始めて、近所のチームに入るといったので「じゃあ俺も行くわ」と「日吉台ウイングス」でサッカーを始めます。

 

FWで活躍していたのですが、小学校4年生時に誰かがGKをやらないかといけない状況になりじゃんけんで負けた東口順昭選手が担当したそうです。

 

初めてのGKで好セーブを見せたため、以降はFWとGK兼任で活躍していました。

 

 

高槻市立芝谷中学校

 

中学ではガンバ大阪ジュニアユースに入団しています。

 

同期には本田圭佑選手や家長昭博選手、森田尚希選手などがいました。

 

FWに未練のあった東口順昭選手でしたが、天才家長選手のレベルの高さに驚愕してしまい、フィールドプレーヤーを断念したんだそうです。

 

GKに専任したものの、中学1年から身長が170cm以上あった森田尚希選手の存在が大きく試合に出れない日が続いたということです。

 

しかし、中学2年になると森田選手がラグビーをやりたいということで、ジュニアユースを退団してしまいます。

 

急遽1学年上の試合に出場することになったのですが、判断ミスがあったり、キャッチミスをしてゴールに入ってしまったりと、結果が出ずに挫折を味わってしまいます。

 

3年時になると試合に出場していましたが、強豪ガンバではレベルが高いので関西大会までは、相手に攻め込まれることがなかったので、プレッシャーを感じることがありませんでしたが、全国大会になると急激にレベルが上がってシュートが飛んでくるようになります。

 

「急にプレッシャーと向き合ってもどうしたらいいかわからへん自分がいた。そんな状況で、やっぱりなかなか結果がでえへんかった。」

 

というジュニアユース時代は多くの挫折を味わい、練習で毎日同じことをしている方が楽しくて、試合には出たくなかったといいます。

 

 

洛南高校

 

身長が低いこと(当時は170cm以下と小柄だった)などの理由からユースへの昇格は見送られ、さらに金光大阪校セレクション不合格と路頭に迷った末に京都の強豪、洛南高校に進学しました。

 

高校2年から試合に出場し、3年のときに選手権京都府予選決勝進出(準優勝)しています。

 

当時は全国の常連校ではなかったのですが

「勝つためには自分がしっかりしなあかん」

「俺がゴールを入れられなければ負けることはない」

という意識が強くなり、さらに選手権予選の準決勝のPK戦で勝利するなど、改めて「GKが楽しい」ということを再認識したようです。

 

また高校時代にはフリースタイルフットボール(サッカーボールを用いたパフォーマンス)にも興味があり、練習後、毎日リフティングの練習を行っていたので足元の技術も向上したということです。

 

 

大学

 

当初、北信越地区の強豪校、福井県の福井工業大学に進学にしました。

 

そこでの活躍が認められ、2年生のときに全日本大学選抜、東海・北信越選抜に選出されています。

 

しかし、2年時に福井工業大学がサッカーに力を入れないことを決めて、監督が辞任、そして強化クラブの指定を解除されてしまいました。

 

今後について悩んだ東口順昭選手は、親交のあった新潟経営大学のコーチに相談し編入を決意しました。

 

新潟経営大学では2007年、ユニバーシアード日本代表に選ばれます。

 

4年時にはサッカー部キャプテンとして活躍する一方でアルビレックス新潟の特別指定選手となり、一度諦めていたプロの世界に近づきました。

 

 

プロ

 

アルビレックス新潟、ヴィッセル神戸、ガンバ大阪の3チームからオファーがあり2010年、アルビレックス新潟とプロ契約します。

 

シーズン序盤にはアルビレックス新潟で第3GKから一気に正GKに昇格します。

 

AFCアジアカップ2011の日本代表予備登録メンバー入りも果たしました。

 

2012年「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチがんばろうニッポン!」の日本代表として、非公式ながら代表戦出場を果たしただけでなく、キリンカップのメンバーにも選ばれるほど飛躍しました。

 

8月には右膝前十字人体損傷し、全治8か月という長期離脱を経験するのですが、リハビリ中にフィジカルを強化に励みました。

 

結果、J1でセーブ率№1に輝くほどレベルアップに成功しました。

 

2013年12月にジュニアユース時代を過ごしたガンバ大阪に移籍しました。

 

移籍後はリーグ戦全試合にフル出場、クラブ新記録となる14試合完封試合を記録するなど、国内三冠達成(2014年)や、天皇杯連覇(2014-15年)に貢献しました。

 

2015年8月に、東アジアカップ2015の対中国戦で国際Aマッチデビューを果たします。

 

現在も日本代表・ガンバ大阪の中心選手としてプレーしています。

 

 

東口順昭のプレースタイルは?

東口順昭選手はムラのない安定したパフォーマンスでハイボールに強く、シェアなセービングから元日本代表選手の楢崎選手の後継的なみかたをされています。

 

そしてキックの正確性が売りで、特にフィードはかなりの高水準、左右に振り分ける制度だけでなく相手ゴールまで届くほどの飛距離を見せていて、近代的なゴールキーパーといわれているようです。

 

 

東口順昭が韓国人という噂が…

 

こちらに関しては完全なガセだと思います。

 

2017年5月、東口順昭選手のインスタグラムに宇佐美貴史選手とオ・ジェソク選手と食事をしたk十を報告しています。

 

「おいしい」を意味する言葉「マシッソヨ」と韓国語で更新したことが噂になっていたのではないでしょうか?

 

東口順昭選手が韓国人という噂は限りなくガセだと思いますね。

 

 

まとめ

 

東口順昭選手は非常に怪我が多く、プロ入り4年の間で3度の大けがを経験しています。

 

近ディ尊重性さえできていれば、絶対的守護神川島永嗣選手から先発の座を奪う存在だと思うので、ロシアワールドカップでの勇姿を見てみたいですね。

 

今後の活躍にはますます期待してしまいますね。

 

 

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