藤田ニコルの中学で受けたいじめや母との貧乏生活の苦労話が泣ける

目安時間:約 9分

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モデルでタレントのにこるんこと藤田ニコルさん。

 

天然のおバカキャラでありもありますが、ファッションリーダーで明るいイメージの藤田ニコルさん。

 

中学時代には「いじめ」にあっていて不登校になったり、家は母と弟との3人暮らしで貧乏だったりと苦労の人生を過ごしていました。

 

藤田ニコルさんの生い立ちを調査してみましょう。


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藤田ニコルの貧乏生活の幼少時代とは?

 

藤田ニコルさんは、ロシア人とポーランド人のハーフの父親と日本人の母親の間に1998年2月20日にニュージーランドで生まれました。

 

藤田ニコルさんが3歳の時に両親は離婚し、母親はニコルさんを連れてニュージーランドから帰国し、埼玉に住むようになりました。

 

藤田ニコルさんの母親はその後、再婚して、藤田ニコルさんには5歳下の弟ができました。

 

しかし、母親はまたもや離婚し、その後、シングルマザーとなってしまいました。

 

朝9時~夕方5時までは電子工場の事務のアルバイト、その後は夜中の2時までスナックでアルバイトをして藤田ニコルさんと弟の生活費を工面していました。

 

藤田ニコルさん一家3人は埼玉県戸田駅から徒歩12分の2DKの家賃6万5千円のアパートに住んでいました。

 

母親が1日中仕事で外出しているので、藤田ニコルさんと弟の面倒は、アパートから歩いて5分のところに住んでいた祖母がみてくれていたそうです。

 

といっても暮らしは貧しく、ある日の夜の献立は、きゅうりの漬物に、きゅうりの酢の物、きゅうりの味噌汁とごはん、という具合だったようです。

 

これは、祖母が自宅のベランダできゅうりを栽培していたからだそうです。

 

育ち盛りの藤田ニコルさんと弟には物足りない内容だったでしょうね。

 

自宅には当然、エアコンもなく、扇風機でしのぐ生活が辛かったと藤田ニコルさんは語っていました。

 

 

小学6年生でモデルデビュー

 

藤田ニコルさんのモデルデビューは小学6年生の時でした。

 

実はその1年前の小学5年生の時、藤田ニコルさんはモデルになりたいと夢を持つようになったようです。

 

「nicola(ニコラ)」の雑誌の名前がニコルと似ているからとお母さんが買ってきてくれたファッション雑誌「nicola」がちょうど、オーディション号だったので、モデルになることに興味のあった藤田ニコルさんは早速応募したのですが、書類審査で落ちてしまったそうです。

 

そのことが悔しくて小学6年生のときにリベンジをしたところ、見事に14076人の中からグランプリの5人に選ばれたんだとか。

 

小学5年生の時から何を変えたのかというと、藤田ニコルさんは応募書類の写真のために前髪をぱっつんと切ったのだそうです。

 

 

中学時代はいじめで不登校に

 

モデルとして活動することになった藤田ニコルさんですが、小学5年生のころから、学校での勉強についていけなくなり、不登校気味になっていたのだそうです。

 

中学校に入学してからは、気持ちを切り替えて帰るようになったのですが、そんな藤田ニコルさんに待っていたのが「いじめ」だったのです。

 

現役モデルとして活躍している藤田ニコルさんは学校でも注目の存在でした。

 

ところが、藤田ニコルさんの人気ぶりが気に喰わない女性の先輩や同級生から陰湿ないじめを受けるようになりました。


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「あれがモデルなの」「ブスじゃない」などの心無い言葉を受けたり、机に落書きをされたり、老化に貼っているクラスの集合写真の自分の顔だけ画鋲が刺さっていたこともあったそうです。

 

さらには、当時、付き合っていた彼氏のことを巡り先輩に呼び出され、土下座させられたこともあったのだとか。

 

藤田ニコルさんは学校に行くのが怖くなり、再び不登校になってしまったのです。

 

そんな家に引きこもっていた藤田ニコルさんに優しく接してくれた友達がいました。

 

藤井さんという方だそうで、不登校になった藤田ニコルさんの家に毎朝訪れてくれて、ピンポンを押し学校に一緒に行こうと誘ってくれたんだそうです。

 

そのときに藤井さんが藤田ニコルさんにかけた言葉が「みんな待ってるよ!」だったのだそうです。

 

自分は1人じゃないと思えるようになった藤田ニコルさんは、その後、藤井さんに会いにいきたいからと給食だけでも食べに学校に行くようになったのだそうです。

 

また、藤田ニコルさんの中学2・3年生の時の担任の小國晃一先生は、新米教師ながら藤田ニコルさんの身方になってくれる存在でした。

 

 

貧乏から逆転の発想で人気モデルに

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そんな中学時代の藤田ニコルさんですが、中3の頃に、モデルとしては少々育ち盛りでポッチャリ気味になったことがあったそうです。

 

そのとき、藤田ニコルさんが思いついたのが、きゅうりダイエットだったそうです。

おばあちゃんの育てるきゅうりだけで3週間生活し、体重が3㎏減らすことができたのだとか。

 

これは健康に害を及ぼす可能性があるので、おすすめはできませんが、その当時の藤田ニコルさんは必死だったのでしょうね。

 

このダイエットのおかげで、ファッション雑誌「nicola」の表紙を飾ることができたのです。

 

そんな中3時代は、黒髪でナチュラルなイメージでかわいかったですね。

 

その後、高校になってから、藤田ニコルさんの悩みは、メイク道具や洋服代でした。

 

藤田ニコルさんは、自宅のある戸田駅から歩いて1分の海鮮居酒屋「浜焼酒場 磯野くん」でホールのアルバイトをしながら、バイト代が入ると100円ショップに行き、100均メイク道具を買い、先輩モデルのメイク方法を実践しながら練習したんだそうです。

 

新品の洋服は手が届かないため、吉祥寺パルコの屋上で開かれているフリーマーケットで購入していたんだとか。

 

おかげで着回しが上手になったようです。

 

メイクについても、努力の結果、雑誌「nicola」ではメイク特集を任されるようになり、清純路線の雑誌でありながら、カラコンをつけることを唯一OKされたのと、その個性を認められるようになりました。

 

ハーフモデルというと富裕な家庭に育った人も多いなか、藤田ニコルさんは小さい時から母親の苦労を見て育ってきていて、人一倍責任感が強い人なんだと思います。

 

勉強は本当にできないらしいのですが、モデルやタレントとしてここまで成功できたのは偶然ではなく、地頭の良さと努力の結果なんでしょうね。

 

TwitterなどのSNSも上手く使っていて、メイクでこれだけ変わることができるんだと女の子が憧れるリーダーになるようになりました。

 

これからどんな風に活躍していくのか楽しみな藤田ニコルさんですね。


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カテゴリ:芸能 

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